松家料理店
西洋料理
高島町10丁目21番地(361)
明治の横浜手彩色写真絵葉書
「神奈川停車場の前、三ツ輪亭と相並んで盛名を馳する洋食店を松家と云ふ、主人若井峰三郎君は岐阜縣加茂郡田原村の人、本年三十五才、開業は卅七年の八月で後進ではあるが中々盛大のものである、君は十三才にして出濱後、諸官省用達業に従事し、日清戦争に際し赤羽造兵厰築地第三工場を呉に移輾さるるや、其運搬を請負ひ、廿九年来引續ぎ土木業を繼續し、卅七年に至り副業として當所に現業を開き、漸次盛況を増すと共に、横浜鐵道の開始に當り、東神奈川停車場に支店を新設し、地理の適當なる爲め之れ亦日夕多忙を極め、松家ビヤホールの名遠近に宣傳するに至ったのである、令閨亦才色双美、夫君を助けて大成せしめしの功多きに居る、料理人の操縦、給仕婦の棕擇、最も至難のことにして最も巧妙なるは職として成功の因たる所以ならんか、」横浜成功名誉鑑
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