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杉田の梅

大正時代の武州杉田の梅林の古絵葉書、古写真
杉田の梅
横浜花の名所
平地が狭く、地質も穀類の生育に適さなかった杉田の地に、天正年間 (1573〜1592)の領主間宮信繁が梅を植樹させたのが杉田梅林の始まりで、元禄の頃(1688〜1704)には梅の名所となり最盛期には36,000本の梅樹を数えた。文化年間(1804〜1818)に出版された佐藤一斎の「杉田村観梅記」、清水浜臣の「杉田日記」により観梅の地として名声を得、明治17・19年(1884・1886)には英照皇太后と昭憲皇太后が妙法寺を訪れるなど明治初期までは梅の名所として名高かった。明治20年代に入ると塩害や老衰などで急速に梅樹が減少し始め、戦後には宅地造成によりその地を奪われ今は妙法寺周辺で僅かに数十株を見るだけである。
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

「八幡橋電車停留場よりは一里弱。海濱に沿ふて行くを以て風景甚だ佳。屏風ヶ浦を過ぎ白雲の匍ふと見ゆるは梅林なり。臨海の一丘に登り下瞰すれば神気一輾仙境の人。『よそにのみ杉田の梅の花盛り嬉しく逢へる今年なりけり』の濱臣の歌あり。」横浜遊覧商業案内 t.2

別所の桜

別所の桜
横浜桜の名所
著名な桜古木だったが、関東大震災で折れて枯れてしまった
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑


磯子の菖蒲

磯子菖蒲園
横浜花の名所
明治30年(1897)横浜植木が磯子菖蒲園を開設、花菖蒲は百合に次いで海外で人気があった。明治36年(1903)蒲田に菖蒲園を開設し磯子菖蒲園は閉鎖された。
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

盆栽を鑑賞する外国人


横浜近郊の庭

横浜近郊の庭
盆栽を鑑賞する外国人
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

ヒマラヤ杉 山手公園

ヒマラヤ杉
山手公園
明治12年(1878)頃、イギリス人ヘンリ-・ブルックが、山手を英国風にとヒマラヤ杉の種子を輸入し山手一帯に植えたのが始まり
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑


横浜植木株式会社 中村町

横浜植木株式会社
植物輸出
中村町21番地
明治23年(1890)鈴木卯兵衛を中心に植木屋が集まり横浜植木商会を設立。日本の花弁植物や百合根を輸出していた。磯子、蒲田に菖蒲園を開設した
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

「植物の直輸出を目的とせるものとして本邦植物輸出の開祖たり今日百合根の輸出百萬円に及ぶもの実に同会社が之を各国に紹介したるに依るものなり同社は資本金五拾万円にして積立金拾参萬七千円配当は一割二分の好歩合を有せり以て同社事業の一般を卜するに足るべし。」「横浜植木株式会社は中村町にあり、四季の花木を栽培して専ら海外に輸出し、又園内の遊覧を許せり、又屏風ヶ浦字磯子に支園あり、年々花菖蒲を培養し、磯子の花菖蒲とて世に持囃さる。」横浜名所図会

「横浜植木会社の発展 横浜植木会社は先頃の総会に於て資本金を五十万円に増加することを可決したるが同時にロンドン支店設置の件をも可決したり」実業之横浜

本邦産植物輸出 橫濱植木株式會社「初め外國人の創立せしものなりしが鈴木卯兵衛氏等讓り受けて、久しく植木商會と稱せしが後株式組織に變更せしなり、資本金五十萬圓、支店は北米紐育パークレイ町及英國倫敦キングス街にあり、本邦所産の植物其他の商品を海外に輸出し、園藝に關する諸物件の輸入を以て營業目的となす、明治廿四年五月の創業に係れり、取締役社長は鈴木卯兵衛君取締役は飯田秋三郎、須田定治郎、德田佐一郎、鈴木濱吉等の諸君にして、植木商會以來花園の結構雄麗壯大四季の眺めに富み、橫濱名所の一として、内外人の遊覽絕ヘず、近來蒲田に菖蒲園を設けて觀覽に供す、百合根の輸出は殆んど壇塲の好况を占む、明治卅八年本社事務所の新築成り更に一層の美觀を添ふ、」横濱成功名誉鑑





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花売り

花売り
山下町136番地の渡辺牛乳店前
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

山手桜道の桜

山手桜道の桜
横浜桜の名所
明治初期に地蔵坂上から北方に通じる道に桜が植えられ名所となった。
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

三溪園の桜

三溪園の桜
横浜桜の名所
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

弘明寺の桜

弘明寺の桜
横浜桜の名所
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

豊顕寺の桜

豊顕寺の桜
横浜桜の名所
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

横浜公園の桜

横浜公園の桜
横浜桜の名所
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

掃部山の桜

掃部山の桜
横浜桜の名所
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

伊勢山の桜

伊勢山の桜
横浜桜の名所
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

永島牡丹園 金沢村

金澤牡丹園
横浜花の名所
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

「市を西南に去る一里半。土豪永島氏の庭園泥亀の牡丹と云ふ。園内廣く且つ数寄を極む。古根数千株紅白参差す。晩春の一行楽地。景趣最も宜敷八景は九覧亭より見るべし。」横浜商業遊覧

川和の菊

川和の菊
川和には中山恒三郎の松林圃と中山良材の虎渓園の2カ所の菊園があり菊の名所として知られていた
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

「土豪中山氏の庭園培養累代にして年々新花を出す。曾て高貴の来観を辱ふするの光栄を得たる所。花時公開申レバ杖を曳かれよ。」横浜職業遊覧案内



松林圃の番付
虎渓園の番付