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二宮楼 永楽町


二宮楼
横浜遊廓
永楽町2丁目22番地
手前が二宮楼、二宮楼の隣が橋本楼か
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

第一三日月楼 永楽町


第一三日月楼
横浜遊廓
永楽町1丁目8番地
三日月楼は本店の他に第一、第二支店をもつ大店
通り奥に見えるのが真金町の三笠楼
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

第二勢州楼 永楽町


第二勢州楼
横浜遊廓
永楽町1丁目8番地
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

一圓楼 永楽町


一圓楼
横浜遊廓
 永楽町1丁目8番地
高島町時代から有名な貸座敷で真金町にも支店があった
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

ヨカロー西洋料理店 永楽町

ヨカロー
西洋料理店
永楽町1丁目8番地
平井久五郎
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新岡濃楼 永楽町


新岡濃楼
横浜遊廓
永楽町1丁目7番地
(2598)
建物は和洋折中の三層楼で客室数は53室、装飾は純日本式、娼妓総数は甲十三名、乙七名の合計二十名
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金勢楼 横浜遊廓

金勢楼
横浜遊廓
永楽町1丁目16番地
(782)
和風三層楼の大建物、品格が高く、真面目と評判の繁盛店
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

二葉楼 永楽町

二葉楼
横浜遊廓
永楽町2丁目17番地
(431)
左手前が日本館、左手前二軒目が西洋館で廓の構造は壮大を極めていた
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

二葉樓 原田すい「廓内に有名なる大籬にして嬋妍の美妓三十有余あり客に対する待遇又親切の評あり巨商富豪の士織るか如く頗る繁盛を極む」京浜名家総覧職業

奉祝記念誌

三日月楼 永楽町

三日月楼
横浜遊廓
永楽町2丁目26番地
(935)
本店三日月楼は和風二層楼だが奥の建物は全部三層楼で展望が良く室内は日本式に装飾されていた。第一、第二の支店を持つ大店。
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勢州楼 永楽町

勢州楼
横浜遊廓
永楽町2丁目23番地
(255)
純日本式の三層楼で部屋数は七十余あり、約二百坪の庭では秋に菊を春には桜の鑑賞ができた
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

勢州樓 矢島幸三郎「設備の完成せる美人の多数なる共に金港酔士の許す處楼主亦這般の消息に通し頗る懇切を以て来客を接待し一般に気受よきなり」京浜名家総覧職業

横浜遊廓大門 永楽町

横浜遊廓大門
永楽町大門通り
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「横浜遊廓を真金町永楽町と稱す。明治五年高島町に設けられ(其前の所は焼失)神風、巖龜は有名なり。十五年此地の移輾す。娼樓七十三戸引手茶屋七戸娼妓千二百餘人。一ケ年の商高九十餘萬圓とは見懸程でも無し。」横浜遊覧商業案内 t.02

神風楼 永楽町

横浜神風楼 No.9
横浜遊廓
永楽町1丁目6番地
(68)
元治元年(1864)に港崎町で開業した「伊勢楼」が高島町に移転した時に神風楼(神風の伊勢の国)に改称したと言われている。また、のちに神風楼入り口に「Nectarine No.9」(地番9番から)と外国人が書いた看板を飾ったことからナンバーナインの名でも呼ばれるようになった。
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神風樓 山口とめ「大小の座敷数十を以て算すべく總て小奇麗にして瀟洒を極め美妓又精撰のもの蘭燈の下にありて衆目を惹く樓主の営業振り蓋し平凡にはあらざるなり」京浜名家総覧職業











松月楼神山九萬太郎 永楽町

貿易新報
松月樓 神山九萬太郎
遊廓
永楽町1丁目16番地
(928)
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