谷川洋紙店 南仲通

谷川洋紙店
洋紙
南仲通1丁目1番地
(373)
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑


南仲通の谷川洋紙店「現在の南仲通一丁目へ開店したのは明治初年であるが、其當時は両替をしてゐたので所謂弗相場屋であつたのだが、同十九年から洋紙を商ふやうになり漸々其方が手廣くなつたので両替の方は廢業することになつたのだ。洋紙販賣の動機は印刷局製紙を一手販賣したのであつて、當今の如く一般に洋紙が製造されなかつた時代であるから鳥渡面白い商賣も出来たのであつた。目下は洋紙の直輸入をしてゐて直輸出としては書翰紙用紙、献立用カード、帳簿其の他の紙製品であるが商舘取引もしてゐて文房具類の卸小賣を爲し、老舗だけに中々大きくやつてゐる。」實業之横浜

洋紙及文具商 谷川福太郎「嚴父留吉君は兩替商にして往年洋銀相塲の昂低烈しかりし際大勇躍を試み一方の勇將として喧傳されき、君は其長子にして文久三年江戸に生る、幼にして慧敏能く機先を制す、明治十九年より文具及び洋紙商を開き今日の基礎を爲せり、君由來容貌典雅風流才子派の人なれども亦奇骨稜々たるものあり、明治廿八年中賣込商組合の頭取に推され、靑年貿易商中の領袖として常に其牛耳を執る、日清戰役當時淸商に對する步合問題につき大に運動を試みて成功せり、明治三十二年市會議員に選ばれ六ヶ年間就職さる、目下紙製品組合評議員に列し聲名嘖々たり、」横濱成功名誉鑑

murray

0 件のコメント:

コメントを投稿