ジャーディン・マセソン商会 山下町

ジャーディン・マセソン商会
イギリス系総合商社
山下町1番地
中国広州で設立しアヘンと茶貿易で急成長したイギリス系商社。開港と同時に商館を置いたので【英1番館】とも呼ばれた。伊藤博文、井上馨のイギリス密航や五代友厚のイギリス留学を援助した。
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

外国商館の稱首 ジャーデン、マゼソン商會「香港本店は西暦千入百四十二年の創立にして鴉片戰爭も此商店の買占に起因せりと傳へらる、横濱支店は萬延元年五月の開店にして外圏商館の鼻祖とす、資本金壹干萬圓神戶長崎に支店あり、靜岡東京に出張所を置く、現在の組織は合名にして、社長 ヱッチ、ヴイ、ヘンソン君は叉外國人商業會議所の委員として名聲あり、業務は輸入部主任にぺー卜氏あり、武內秀松氏之れを助く、機械部主代バグバート氏大友賴幸氏あり、輸出部は生絲を主眼として米國輸出主任はジルバート氏小林吉蔵氏之を助け、佛國輸出主任はジニーリン氏にして若杉嘉藏氏あり製茶部はバガレー、ゴーチ両氏の擔任にして靜岡に在り、屑絲部は二百五番主任はトムソン氏日本人は八木原傳次郎氏、 尙分館二百六十二番に於て經木麻布加工品雜貨を取扱ふ、主任グレゴリー氏邦人には渡邊、奥田、岡本諸氏あり、保險及 び船舶部主任はビショップ氏擔任せり、總顧問として執行廣道氏四十一年四月より入社し現に敏腕を振ひつつあり、」横浜成功名誉鑑

英一番 英一番ジャーデン、マゼン商會は横濱商舘中尤も古いものの一つである、彼の生麥事件の主人公たる英人は、當時此商會に滞在して居つたのださうで、何でも其細君が生麥で夫の馬車馬が斬り倒されたといふ事を聞いて狂人の様になつて『英一』へ駆け込んだといふ事は、今でも一つの話草となつてゐる、又石油の輸入は此商舘が始めてで、英本國から始めて送つて来ると、油だからと言ふので皿へ注いで燈油のやうに火を附けると皆燃焼して了つたから、斯んな危険なものは商舘内へ置かれぬといふ騒ぎで、遙か沖合へ持つて行つて沈めて了つた、スルト夫から三月程経つて洋燈が来て始めて使用法が解つたけれども、石油がない、更に本國から取寄せたといふ、今から考へると頗る滑稽な珍談が遺つて居る、初めは羅紗、天鵞絨等を輸入し、一方には上州等へ舘員が出張して、生絲、屑物を買集めて輸出したのであるが、何しろ英一番第一等の古番頭武内利右衛門氏等が上州方面へ出張するには、武田耕雲齋等の刀の下を潜つたといふ時代から創業した商舘だから、日本海外貿易を開拓した上に多大の功あるものと言はねばならぬ 倫敦のジャーデン、マゼン商會の創立は非常に古いもので現今東洋惣支店である香港支店は、香港の英領以前からあつた商舘で、彼の鴉片戦争の動機は確か此商會が鴉片を買占めた一件から起因したのである、横濱のジャーデンでも彼の馬蹄銀事件は今尚ほ世人の記憶する所であらうが、此商舘はよくドエライ事件を擡げ出す因縁があるやうだ 現在の組織は合名組織で、業務の分科、各科の主任は左の通りになつてゐる 輸入部 織物、綿、外國米、皮革、麦粉、小麥、石炭其他小間物化粧品を除くの外有らゆる物資を輸入し、尚ほ銅及び天産物の輸出は輸入部にて取り扱ひ居れり、主任はバート氏、日本人にては武内秀松氏 器械部 鐵道各種材料、瓦斯器械、軍艦、軍火其他一切の機械類は此部に於て取扱ふ、アームストロングの代理店であるから先年「香取」「鹿島」は此商舘の手を経て我政府に受渡したものである、其主任はバグパード氏、日本人では大友頼幸氏 輸出部 生絲は尤も盛に取扱ふ所で商舘中一といひ二を下らぬ、米國輸出主任はシルバ氏、日本人は杉本藤人氏、小林吉藏氏、佛國輸出主任はシェーリン氏、此両氏の下に嘉納氏は二人、羽二重主任はサバチェーゴン氏、ニコルマン氏が主任である、製茶部は二百二十番主任はニミレス氏、羽二重部は二百二十一番主任はニコルマン氏、織物主任はバート氏、日本人は八木原次郎氏、二百二十二番に經木眞田氏、布加ヱン氏、雜貨等は一括して渡邊隆氏、麻布の方は奥田眞助氏で皆日本人である 保險及船舶部 香港火災保險會社の代理店、廣東海火保險會社の代理店、及びグレンラインの印度支那航海會社の代理店で主任はエメット氏 現今の社長はエッチ、ヴィ、ヘンソン氏で氏は本年四十二歳、初め保險及び船舶部の主任から長崎、神戸支店長に歴任して一昨年から社長となつたのであるが、日本の事情に精通し、正確なる日本語を操つることは商舘中稀有の人物である、ジャーデンの支店は香港、上海、紐育、印度各地に散在し、世界到る處殆んどエージェントのあらざる所無き位で、且つ業務の多岐、盛大なる點から世界的商會と言つべき程である、營業振は英國式の計劃慎重を極め、之を實行する方法は頗る雄大なものである、既往に於て古河の銅を買占め、關西鐵道會社、北海道炭礦鐵道會社へ材料の供給等、機先を制して堂々と遣つて除け、機に臨んではバタりと止める工合は一異彩を放つ所である、併し見越輸入は多年の營業方針として絶對に禁じ、約束手形の取引等も銀行の裏書なきものは斷じて請取らぬなど頗る頑強な所がある 實業之横浜

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