松かぶ庵 吉岡久吉「太田道灌鎧掛の松は有名なる名所で開港後は福井藩の陣屋となり、又兵學教習所となりて陣屋の原の字を存した、中に一株の古松蟠龍の如く、一朶の大枝垂れて地下に達せしが、惜哉明治初年何者かの悪戯で危くも焼失した、明治四年の頃此の名松の消えたるを惜みて松蕪菴といへる蕎麥屋を作りし風流家がある、則ち初代利兵衛翁で、瀟洒たる亭榭を繞らすに竹木の栽込砌石の按排を以て數寄を凝らした、現代久吉君は更らに二階造の座敷を増設し、雨を聴くに宜しく月を賞するに適し、加ふるに手打蕎麦の雅味は以前に優り、手輕料理も初めしかば雅客の筇を曳くもの絶ゆるときがない風流なる古名将が颯爽たる面貌は千古の翠に偲ばれしに、今は手打の松蕪によりて、連纉として感慨の長く傳はれるは奇しき因縁といはねばならぬ俳仙の横濱名物時に曰く」 横浜成功名誉鑑
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