大谷幸兵衛
茶商
元浜町3丁目23番地(115)
明治の横浜手彩色写真絵葉書
大谷幸兵衛 大谷家の人夙に茶業界に驍名を馳す斯業発展の爲貢献する事尠からず氏歐米各邦を巡遊し世界の大勢に通曉し我生産の発達を企圖せんとするに孜々たり」京浜名家職業総覧
三丁目の大谷家 大谷幸兵衛「伊勢川俣より出でし大谷幸兵衛君は實に南湖大谷翁の令兄となす、天保八年十一月を以て其郷里に生る、明治七年出濱製茶海産物の賣込を業とし、傍ら令弟嘉兵衛氏の業務を助けて其大を成さしめき、天性慈善に富み報國の志牢として鐵石の如し、各種團躰及公共事業に盡力し、衆人の重望を囑する所なり、過去にありては武藏商業貯蓄兩銀行の専務取締役、共慶生命保險株式會社專務取締役等を兼ね、商業會議所議員に列す、目下は自家の業務及一切の關係事業を絶ち、僅かに日本製茶會社監査役を帶び、元濱町衛生組合長、區の學務委員等に連らなるに過ぎず、二令息夙に俊才を以て連壁と稱せらる、長は令弟嘉兵衞氏の嗣となり次子善二氏君の後を襲ふ、共に大谷合名會社の社員として後進有爲の人たるを失はず、大谷家又多幸なりと云ふべし、」横濱成功名誉鑑
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