横浜開港五十年祭 花咲町
明治の横浜手彩色写真絵葉書
「花咲町の祝祭 同町は數個の團體に分列しありて各團體とも夫々珍趣向を凝し祝意を表したり。其の一二丁目の花咲會に於ては大名行列を出だし満都の喝采を博したるが尚ほ町内は錦橋通り及び河岸通りに彩柱を建て花傘に提燈を掲げたり。其三四丁目と稲島町との職合團體たる花福親和會に於ては東京麹町の山王神社祭典の砌り新調せし日本武尊を飾れる鉾花車を出だしたるが斯の花車は當時山王祭の砌り閑院宮殿下の御上覧を賜はりたる名誉あるものなりとぞ、其外町内各戸軒頭に國旗をあしらひ提燈を掲げたり。其六丁目は牛若に辨慶の花車一本を引出し、各戸彩旗提燈にて節飾りたり。其七丁目は有志の寄附金と交親會の残餘金を以て桃太郎の花車一本と居囃子一ヶ所を設け全町を飾るに四間毎に柱を建て地口行燈を掲げ柱の上には花傘と藤に櫻の造花をあしらひ若衆連中は揃の番衣にて押出したり。其八九丁目の聯合交親會にては雪見橋通り及び川岸通りに彩柱を建て其の上に傘及び紙旗をあしらひ其の他は紙旗軒提燈にて飾り水神の鉾花車を出だしたり。其の又十十一丁目は各戸軒提燈を掲げ祝意を表したり。」横浜開港五十年紀年帖
0 件のコメント:
コメントを投稿