三井物産横浜支店
山下町177番
地下1階地上4階の日本最初の全鉄筋コンクリート造りで明治44年(1911)竣工した。遠藤於菟の設計。
明治の横浜手彩色写真絵葉書
「三井家の経営する所にして直輸出入貿易を為すの目的を以て設立せるものなり資本金貳千萬円積立金千貳百萬円あり自ら船舶を所有して貨物の運搬を行ひ全世界至る所支店又は代理店あらざるなく従って取引の盛んにして信用の厚き我国海外貿易業者中同社の右に出づるものなし横浜支店は直輸入の外主として生絲、羽二重其他絹物の直輸出を為し就中生絲の如き外国商館の遠く及ばざる所にして斯界に於ける大手筋として相場を左右するの勢力を有せり支店長北村七郎氏は在任長く実業界に重んぜらる。」
三井物産株式會社 橫濱支店 本町4丁目69番地「當會社の起因は遠く明治九年の頃にあり、當時我國の貿易は實に外國人の掌中に屬し本邦人の容喙を許さず、三井家は深く之を憤慨し、其一族三井武之助三井養之助二氏を社主として三井物産會社の名目の下に海外貿易を企畵せられたり、當時益田孝氏社長に木村正幹氏副社長に任ぜられしが、廿五年四月社主養之助氏益田氏に代り、廿六年商法の一部實施と共に合名會社の組織として三井物産合名會社と改稱す、翌廿七年十月同族中より三井元之助氏を業務擔當社員とし、越へて三十一年十一月に至り再び改革して三井十一家主人を盡く無限責任社員として依然元之助氏社長たりしが、卅四年三井八郎次郎氏新に代表社員長となれり、四十二年組織を變更して株式會社とし同氏社長に推さる、橫濱支店は創設同時より置かれ、生絲輸出を主とし輸出入品一切を手廣く取扱へり、現支店長は北村七郎君にして良支配人の稱あり、」横濱成功名誉鑑
シルク |
神奈川縣案内誌 |
0 件のコメント:
コメントを投稿