河北時計店 弁天通

河北時計店
時計、洋小間物販売
弁天通3丁目60番地(230)
河北直蔵が明治27年(1894)に開業。時計塔は関東大震災まで弁天通のシンボルだった。
明治の横浜手彩色写真絵葉書

河北直蔵「軍人馬印懐中時計の一手販売にして側ら西洋小間物の引取を兼ね専ら卸売を為し信用京浜の間に高しといふ」京浜名家総覧職業

時計商中の雅客 河北直藏「辨天通に巍然たる高樓を構へて街頭を睥睨しつゝある時計界の雅人河北直藏君は大阪の人で、廿歳の頃横浜に來られた、明治十六年相生町一丁目で洋小間物店を開いたが、次で辨天通一丁目に移って時計商をも兼た、次第に繁榮癥むるに至ったので廿七年の頃今の處へ新築移轉した、這般の徑路には種々紛亂した事情があったが、苦辛慘澹の結果に違はないので、騎馬印時計の一手販賣を始めたのも此の頃のことで、堅牢無比の好評を博して、是れも確かに成功の一原因となった、君は紳士の娛樂たる競馬に趣味を有し、常に逸物數頭を飼養して、春秋二季の會には斯界の覇王として勢力がある、又義太夫に堪能で天禀の美音と節調は其道の達人も後へに瞠若たりといふとである、一藝に達するものは双萬能に秀づとの諺は、蓋し君に於て見るとが出來る、因みに君は本年五十歲で壯者に劣らぬ氣丈の方で、叉令息孝太郎氏は目下商業視察として米國に居らるゝさうだが、歸來乃父を助けて必ず大に爲す所が多いであらふ、」横濱成功名誉鑑


弁天通1丁目時代の河北商店

神奈川縣案内

神奈川縣案内誌

0 件のコメント:

コメントを投稿