横浜開港五十年祭 元町
明治の横浜写真手彩色絵葉書
「元町の祝祭 同町は横濱開港とその發展に就て最も深き關係と最も古き歴史とを有すると共に又最も古き土着の富有者の多き土地だけに斯の開港五十年に對する祝祭意氣は恰かも燃るが如さ熱誠を披㩜し相一致して之れを舉行せり。其壹丁目増徳院前より五丁目に至るまでの間の両側には源平捲の柱を建て上に花傘數千本を行儀よく配列して提燈を掛け尚ほ新調せし六千四百間紅白段だらの慢幕を以て全町を張り詰め叉河岸通り及び仲通り等も善美を盡せしかば其の壮麗なる驚くに堪たり、叉同町の中央なる浅間山の中段に幅四十三間に縦三十尺と云ふ壮大無比なる市の徽章ハマを現はし電球二百五十餘個を取附け夜間之れに點火したるを始めとし、豊太閣、源三位頼政、浦島太郎等の花車三本に踊屋䑓一本、里神樂、馬鹿囃し各一ヶ所に藤棚三ヶ所等を設け尚ほ總勢五十人より成る官軍行列等を催したり。其外四丁目の太神宮にては神輿を浅間坂に遷し町内の若者は白地に紺にて元の字を市の徽章と互違に染出だしたる揃の衣裳を着し居たり、其他個人の装飾にて異彩を放てるものは先づ代官坂中途の石川徳右衛門氏が純日本風の長屋門を利用し正面入口の上段に杉の葉を以て六尺有餘の扁額を飾り其中央に市の徽章を附したる中に和英両文にて彼理提督の修交書を現はし尚ほ門の両側廿間許りの間を杉の葉にて綠門形に下を紅白の幕にて引廻し巍然たる一城廓を畫かれしものと井上電氣店が店頭を綠葉と電球にて装飾せる者と草藤洋服店が店頭入口に風流なる庭を作りたるが目立ちたり其外大通り中には風流を極めし挿花の飾り物等あり。」横浜開港五十年紀年帖
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