横浜座 |
柳屋
美術小間物商
太田町4丁目64番地(1199)
明治の横浜手彩色写真絵葉書
柳屋 櫻井與助「一切の小間物品を店舗に陳列して層一層の美觀を添ふ紳士淑女の賈客頗る多く常に正直と勉強を以て業務に従へり」京浜名家総覧職業
小間物商の白眉 柳屋號 櫻井與助「開港當時よりの老舗、柳や櫻こきまぜて、淸楚艶麗の花あやめ、から紅の色紅葉、四季折々の流行を、ここにあつめし本店は、馬車道通り太田町、伊勢佐木町にも支店あり、今の店主與助君は、幼名を孝太郎と云ひ當初よりの三代目、明治十三年の生れにて前途多望の少壯商人、應待萬端拔目なく、老成商家も三舎を避く、唐樣で書く程にもあらねど風流の嗜み深く、殊に金鱗の愛翫家にして、逸品數種を飼養し、叉頗る鑑識に富む、先考與助氏は俳壇の老將、柳廼家榮壽の雅號は斯界に高かりき、初代儀助氏は江州の出、江戸日本橋の柳屋小間物店に勤むること約廿五年、横濱開港に當り率先來港して開店し、着實と勉强とを以て賣出だせるもの、本年七十六歳にして健在なり、父祖傳來風雅の道に志し又慈善及び公益に盡くされしことも少なからず、今現に美術商三業組合、小間物商同業組合及び馬車道商榮會の幹事其の他の要職に推さる、本舖製品の中最も好評なるは先代より賣出したる化粧水『花の友』及び白粉には『花の雪』、孰れ劣らぬ雪と花、月の都の仙女の面ざし見擬ふばかりとて、貴婦人令嬢間の愛用多しといふ、」横濱成功名誉鑑
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