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コーンス商会
輸出入
山下町50番地
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑
コンス商會『コンス五十番』の営業は『英一番』の小さいのである、則ち輸入部は織物、鐵、唐糸、綿其他一切をやり輸出は以前は製茶も取扱つたけれども現今は羽二重一方に傾き山下町二百二十一番にある、器械部は羽二重部と同舘内にあつて一時精糖、紡績等の諸器械は中々盛大に供給して工學士笠次雄氏が主任となつて熱心に經營して居る保險部では随分古くから火災及び海上保險の代理店となり、船會社としてはベン列并びにイー、エンド、エー滊船會社の代理店であり、又廿五六年前よりロイド滊船會社の試験係となつてゐる、コンスは随分古い商舘で、其創立者はフレデリック、コーン氏は六十餘歳の高齢であるが、今尚ほ倫敦に健在し三千万磅の資産を擁する一富豪となつて居る現在の組織はコンス父子とウヰル氏と神戸支店長であるコラム氏と四名の合名會社で資本惣額は四十一萬圓と登記されてゐる、現支配人はエー、ジェー、コンス氏で本年三十五歳位の血気盛りであるが餘り人望がない、コンス商會の名を擴めたのは中頃の支配人であつたチル氏の功績と言はねばならぬ、氏は非常の徳望家勢力家で京濱間の取引先では少々無理な事を言はれても敢へて抵抗しなかつた位である、彼のユーナイテット倶楽部の如きは氏の盡力下で創立されたもので又居留外人間で多年多くの公職を帯びてゐたが、惜い哉齢ひ三十六七歳で歿したのである、ウヰル氏も本舘の營業を擴張した點から記憶さるべき一人で目下希臘の名譽領事になつてゐる、舘前には常に希臘の國旗とロイドのフラグが掲げられてあるから、外國水兵の迷ひ子が時々領事舘と間違へて舞込む事もあるさうだ 實業之横浜
輸出入貿易商 コーンス商會「當館は織物、鐵、綿絲、棉花、其他一切の輸入及火災海上保險及口イド代理店をなし、輸出部は二百廿1番にあり、羽二重を主として取扱つつあり、創立者はフレデリックコーンス君で今倫敦に在り、現在はコーンス父子とウヰル君及神戶支店長コラム君と四名の合名會社にして賢資本惣額四十二萬圓と登記ㄝらる、當館今日の發達を来したるは中頃の支配人チル氏の効績なり、氏は非常の勢力家にしてユーナイテッド倶楽部の如きも其盡力により創立されたるなり、ウヰル君も功労者の一人なるが目下は希臘の名誉領事を勤む、別に機械部を設け羽二重部と同館に在り手塚輝雄君主任たり、総支配人はエー、ゼー、コンス君にして今や壮齢の敏腕家なり、輸入部主任森邦雄君庶務主任一色幾三郎君等勢力あり、」横浜成功名誉鑑

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