サムライ商会店内








サムライ商会店内
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑

5 件のコメント:

  1. 祖父、笠木治郎吉の調査をしているうちにサムライ商会の事などを詳細に記録しているサイトに巡り合いました。
    笠木治郎吉は無名のまま大正末期に他界しましたが、近年インターネットの普及もあり、海外から次々に作品が発見され、近代美術史上の価値が認められつつあります。
    治郎吉の子孫(私も含め)が非常に少なく、遺品も震災や戦災で殆ど消失してしまいましたが、
    生前はサムライ商会様に随分お世話になったと伝え聞いております。
    おそらく明治後期から大正時代に、サムライ商会で扱って戴いた水彩画を横浜に訪れた外国人の方がお土産として母国に持ち帰られ、それが今遺族によって発見され、私のところにご連絡くださっているものと推測しています。
    貴殿の残された記録に多少なりとも笠木治郎吉の痕跡を見つけることができればという淡い希望をもって投稿しました。もし心当たりのある情報があればお知らせください。
    よろしくお願いいたします。
    笠木治郎吉の孫、笠木英文 

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  2. ご連絡ありがとうございます。手元資料をざっと見てみましたが、お名前を見つけることができませんでした。サムライ商会の店主である野村洋三の伝記小説「野村洋三傳」白土秀次著が出版されています。その中で「明治から大正にかけて、洋三が依頼した人々は、だいたい次のような人たちである。中略 袋物で若松次助、画家に鈴木華邨、吉田博などがあげられる」という一文がありましたが笠木氏のお名前はありませんでした。他の資料から、お名前を見つけることができたらご連絡さしあげます。

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  3. こんにちは。米国の歴史研究をしている方から、鶴の銅像について調査依頼を受けており、こちらの絵葉書に写っていたので、質問させてください。
    1.他にも店内には、いろいろな銅像がありましたが、この写真はいつ頃のものなのでしょうか?
    2.こういった銅像(ブロンズ像?)は、どこで製造されたのでしょうか?

    その他、何か参考になる資料などありましたら、教えていただけないでしょうか?

    よろしくお願いします。

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    1. お問い合わせありがとうございます

      1 写真は1908年頃、アメリカ大西洋艦隊が来日した頃かと思います
      2 製造元は不明です 

      サムライ商会の店主、野村洋三のことを記した
      野村洋三傳では
      各商品について
      他店を通じて仕入れていたのは勿論、
      作家に依頼することもあったようです

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  4. 調べていただきありがとうございました。

    図書館から「事業への理想と情熱/近代日本の女性史」という本を借りてきたところ、妻の野村ミチを中心とした話ではありましたが、サムライ商会について詳しく書かれており、店主の野村洋三氏も後に横浜の発展に尽くされた偉大な方だったということが、わかりました。

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