椎津安兵衛生糸付属品商店 住吉町

横浜蠶絲日報
椎津安兵衛
生糸付属品製造販売元
住吉町6丁目76番地
明治の横浜手彩色写真絵葉書

越前産手漉紙・生絲荷造用品販賣 椎津安兵衛「元治慶應の頃江戸葺屋町に於て羅紗及び唐物類を販賣せし椎津安兵衛氏は、明治二年橫濱に移住し某商館員として敏腕の譽高かりし人なり、現今の椎津商店は明治八年現代の創業に係り、専ら生絲荷造用品販賣に從事せしが、偶々越前栗田郡の人坪田孫助氏に邂逅し、同地特産鳥の子紙及奉書紙の販路日に衰退するを聞き、玆に挽回の義侠心を起して自己の發案になれる一名局紙なるものを抄造する方法を勸告したるに、相互の熟議全く整ひ、越前五ヶ庄に信洋社なる株式會社を組織して其製造に着手せしが、内外地の需用頗る多く終に嚴乎たる一生産を現出するに至りたるは全く君の力與って功ありといふべきなり、椎津氏の祖は房總の管領里見家の臣椎津丹波守に起り、椎津は其の居城の地なり、後裔依て以て氏となす、現代安兵衛君は新潟縣の人幼名安吉、先代の養嗣子となり其姓を冒して襲名す、目下の營業は前出の如くにして、陸海軍及び日本勸業銀行生絲檢査所等の用命を達し、常に生産地と特約して改良進歩を企圖し、その殖産に貢献さる處頗る多く、工人の君の行爲を德とするや頗る大なりといふ、君本年知命を超ゆる二齢、住吉會幹事として又令名あり、」横濱成功名誉鑑

横濱商品取引商報

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