ドッドウェル商会 Dodwell & Co.
総合商社
山下町50番地
左から二人目が「古き横浜の壊滅」のO.A.プールか
横浜 手彩色写真絵葉書 図鑑
ドッドウェルカーリル商會「明治初年に英國倫敦より出店せるアダムソンペール商會は明治廿四年に至りドッ卜ゥェルカーリル氏に全權を讓興せり、爾来ドットウェル商會と改め又ハチソン商會をも合併し、ジョー、サイム、タムソン君を日本代表者として、汽船航海業代理店の外、機械肥料織物等を輸人し、麥稈及び經木眞田等を輸出す、神戶居留地五番は支店にて東京銀座 1丁目は出張所たり、取組先は倫敦、晚香披、ビクトリヤ、桑港、紐育、タコマ、シャートル、コロンボ、セーロン、香港、上海、漢口、福州等とす、横濱支店の重なる邦人は、平部次郎、丸山松次郎、井上永次郎、吉田文等の諸君なり、」横浜成功名誉鑑
ドットウェル商會「是も英國商舘の一で山下町五十番にある、本舘の由緒は稍々複雑して居るが、要するに現社長ドウドウェル氏は本邦で成功し、其儲けた一部で新に二百萬圓の株式組織で本商會を設立したのである、現時本店は倫敦で、香港、上海、福州、漢口、古倫母、タコマ、シャトル、桑港、紐育、ヴィクトリア、晩香坡等に支店を有し、我邦には、横濱、神戸、大阪、東京等に各支店を開ける大商會である、横濱支店支配人兼理事たるタムソン氏は本邦に在留すること二十四五年、才子肌で商賣にかけては中々豪い人物である、頗る日本の事情に通暁し、船舶の事に明るく、ドットウェル氏が日清戦争、米西戦争の際船舶で非常の利益を博し、今日の素地を造つたのも、牛ば氏に負ふ所ありと言ふ評判である、営業は輸出で麥稈眞田、經木眞田、雜貨、漆器等を重に取扱ひ、輸入は肥料、麥粉、小麥、器械、洋糸、織物、米、砂糖、金物等を主とし、航海業ではタコマ、ラインを管り、保險業ではヨークシャイア火災保險、インペリオル火災保險會社の代理店であるなど、設立後十有餘年にしかならぬ割合には、偉い成効を遂げた商舘で、是亦昨年以来の商舘地震に對して耐震力を有する一商舘を見たは、決して記者の御世辞では無い、英國商舘では本回は是で打ち留めとする。實業之横浜




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